January 15, 2012 at 2:10 am
· Filed under つぶやき
あなたの好きなショ-ガール・嫌いなショ-ガールという投稿を見ていたら、嫌われ者のダントツトップはヴァレリア・マリーニでした。
好きなショ-ガールはまちまちですが、好きと言う時には決まって、「だって、頭も良さそう」とか付け足す・・・・これは確実に女性の意見でしょうね。だって、頭が良さそうと見せ始めた時点で肌を隠していく気がするし・・・それで安心するのでは?でも、そんなのゃボナッツァじゃないっ!
頭が良さそうというのならば、ヴァレリアたんだって十分頭がいいんじゃないかと思いますけど。
下着ブランドのサイドビジネスも国外では「本職」と伝わるほど、まずまず成功しているみたいだし。何より、この人はバカっぽいキャラクターが売りで通しているわけだし。こんな彼女も、一時期は疲れちゃったみたいで、「このバカキャラを続けるのはきつい」とも言っていたな。ある意味、プロじゃないですか。
少々頭の回転が良いショ-ガールなどは、脱げなくなったときのためにも司会者業に転向して、だんだんスーツに身をまとったりするものです。それはそれで堅実だと思います。自分が誰をも認めさせる器じゃないことを上々承知でやっているのですから。
問題は「私は何をやっても認められなければならない!」と思い込んじゃっている場合。この手は結局長続きしないと思うけれど。
しかし、こういうのはショ-ガールよりも政治家なんかに多いかも。ショーガールの「私は綺麗なだけじゃなくてオツムも悪くないのよ!」に対し、女性政治家の一部の人々は「私はオツムだけじゃなくて女ップリもいいのよ!」と言わんばかりにやたらと肌を見せたがる・・・それも票を集める作戦なのかもしれませんが、あるレベルを超えてしまうと、政治家としての信用問題にも発展してしまいます。少しはTPOを考えましょうよって。男性政治家が皮パンにタンクトップで国会にきたら嫌だろうが。まぁ、本当に超巨大政治改革でも起こしてくれたら、パンツ一枚で国会に来てもOKですけれどね♪
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December 31, 2011 at 8:00 am
· Filed under 女優, TV司会者
1978年2月15日イギリス、ウィンザー生まれ。
ペルー、ローマにて演劇を学び、2003年から国営テレビ局RAI2のアナウンス嬢としてテレビ出演をスタ-トさせる。
2005年には、12人のショ-ガール達と共に、環境保全団体forPlanetのためのカレンダー撮影を行う。
2008年 には映画CAVIEにて主役の一人 Zini医師役で出演。その後も映画、舞台と女優の仕事をふやしていっている。
Janet De Nardis
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December 15, 2011 at 5:01 am
· Filed under ショーガール, モデル, TV司会者
アルゼンチン出身(1984年9月20日ブエノスアイレス生まれ)。
父親はスペインとイタリアのハーフ、母親の家族はイタリア系(ラスペツィアからの移民)。 2003年にブエノスアイレスの美術学校を卒業し、ブエノスアイレス大学の芸術学部へ進学。
17歳のときからモデルを始め、アルゼンチン、メキシコ、マイアミでのモデル活動を経て、2005年イタリアにやって来る。2007ー2008年のミラノコレクション春夏にも出演する。
携帯電話TIMのコマーシャルに、クリスティアン・デ・シカやエリザベッタ・カナリスら有名人と共演し注目される。
それからは、セクシー・カレンダーの発表、リアリティーショーへの出演が相次ぐようになる。
2011年のサンレモ音楽祭では、ジャンニ・モランディとエリザベッタ・カナリスと共に、司会アシスタントにも抜擢。
現在、テレビドラマへの出演、テレビショーの司会と、瞬く間に時の人となりました。
べレン・ロドリゲス Belén Rodríguez
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November 30, 2011 at 3:21 am
· Filed under つぶやき
イタリアのギャル男は強烈です。自惚れタイプが多いです。
そして、強烈がゆえに、この人達のイメージが一般的なイタリア男のイメージを作り出しちゃっているんでしょうが・・・。イタリアン・ジゴロとか(どこにいるんですか??ジゴロ)
しかし、街を歩いてみれば一目瞭然、こんなギャル男があふれているわけもなく・・・実際は消極的でおしゃれっ気ゼロの人たちだらけだったりします。
でも、やはり若い年頃のお兄ちゃんは「もてたい!」ということでギャル男っぽいかも。
そして、これは女性もそうなんですが、とにかくギャル男は肉体美を保ちたがるため、ジム通い、日焼けサロン、脱毛が日課だったりします。
女子と違って、男子はやせているだけじゃ駄目、ある程度筋肉がついていないと。なんかそういう意味では、男子のほうが大変そうだなって思います。
ラテン男が脱毛とは意外かもしれませんが、ラテン女子が胸毛をセクシーと思っていたのは遠い過去の話、今では日本の女子同様「胸毛きもい」というのです。毛深いイタリア男にしてみれば大変な悩みですよね。
こう色々ボディーを手入れしているものだから、ついにはタトゥーを入れたくなっちゃう気もわかりますけれど。
とにかく、ギャル男になる人には傾向があって、人の目に触れることを常に意識し、人気者になりたいという欲があるように思われます。だから、自分自身がもてる範囲内で出没するような気がします。 「俺ってイケテル」という自信と共に縄張りを広げていきます。
で、大体こういったギャル男の頂点というのは、リアリティーショーやバラエティーなどにたどり着くわけですな。雑誌の読者モデル的なタレントですね。
こういった、リアリティーショーやバラエティーは世間一般から「馬鹿な番組」というレッテルを貼られている割には視聴率が高く、こういう番組に出演しているギャル男たちは、華が散る前に色々なイベントに顔を出して稼ぐのです。そのまま俳優になったりする人はほんの一握り、しかもそういう人は元々俳優志願なので、番組ではただギャル男のふりをしていただけという。
ジャニーズのようなアイドルが存在しないイタリアでは、このギャル男タレントがアイドルみたいなものなのでしょう。
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November 15, 2011 at 2:47 am
· Filed under 歌手
カンパーナ州出身(1983年2月23日ナポリ生まれ、ラクイラ育ち)
8歳の頃からボイス・レッスンをはじめ、ジャズをはじめとするボサノヴァ、スウィング、ポップ音楽に触れ合いながら成長する。
その後、音楽学校に通いながら、クラッシックも本格的に学ぶようになる。
音楽院卒業後、数年間ピアノ・バーの歌手として経験をつむ。
2006年、”プレミオ25アプリーレ”というコンテストで最優秀歌唱賞を受賞。
同年、舞台にも立つようになる。
2009年には「Egocentrica」でサンレモ音楽祭にも出場。
そのすぐ後に、同名のアルバムをリリースし、評判を呼ぶ。
同年におこったラクイラ地震の被災児たちを支援するために、ピアニスト、ナッザレ-ノ・カルーズィと共にシングル「ニンナ・ナンナ(子守唄)」をリリースする。
2011年1月には、BLUE NOTE TOKYO にてライブを行った。
シモナ・モリナーリ Simona Molinari
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October 30, 2011 at 5:23 am
· Filed under 歌手
ラツィオ州出身(1971年4月26日ローマ生まれ)。
イタリア史上もっとも優れた歌唱力を持つシンガ-のJuli & Julieのレコーディングに参加。
10代からローマのクラブで歌うようになり、そこでジャズ、ソウル、ブル-ス、ロックと様々なジャンルの音楽性を養っていった。
高校に通いながら、CM音楽の仕事、クラブシンガ-をこなし、満点の成績で高校を卒業する。
1990年、人気グループZUCCHEROのレコーディングに参加、1993年にはサンレモ音楽祭のヤング部門の最優秀賞に輝く。
1995年Come sapreiでサンレモ音楽祭グランプリと審査員賞をダブル受賞する(このW受賞はサンレモ史上初のこと)。
その後は現在まで、不動の位置で音楽活動を行っている。
Giorgia ジョルジア
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October 15, 2011 at 2:53 am
· Filed under 女優
アンナ・マニャーニ(Anna Magnani、1908年3月7日 – 1973年9月26日)は、イタリアの女優。ローマ出身。
ラツィオ州出身(1908年3月7日ローマ生まれ-1973年没)。
実母は、生まれて間もないアンナを祖母にあずけ、裕福なオーストリア人と結婚してしまったため、祖母と叔母たちによって育てられた。
15歳から大衆園芸の舞台にて脇役を演じるようになり、1934年に映画デビューを果たす。
線の太い、地中海の女の風貌をもったアンナは印象的でヴィスコンティやロッセリーニの映画にも出演するようになった。
1935年、映画監督ゴッフレード・アレッサンドリーニと結婚。1942年、一人息子のルカを生んだが、ルカの父親は愛人であった年下俳優だったため、彼女は息子の姓を自らのマニャーニと名乗らせた。
そして、1955年『バラの刺青』でアカデミー主演女優賞、ゴールデングローブ賞 主演女優賞を受賞。
しかし、晩年に出演以来がきた『ふたりの女』の母親役を受けなかった頃から(代役で出演したソフィア・ローレンは、その演技でアカデミー主演女優賞を獲得)、自分の役はローレンに持っていかれてしまうと、嫉妬していたという。
1973年9月、膵臓の腫瘍のため死去。
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September 30, 2011 at 1:28 am
· Filed under つぶやき
ええっと、イタリアに長年住んでいて感じることなんですけれど・・・・
清楚なフォーマルという感覚に欠けた人たちだなって思います。
まぁ、結婚式に出席するときもヒョウ柄のドレスなんかで来る人がいるし、やたらとセクシー系で来る。
夜遊び服なのでは??と思っちゃいます。
で、やはりこの感覚は、お仕事の世界でも変わらず・・・。
私のホームドクター(多分40代前半)も、いつ見てもミニスカートにピンヒール・・・そしてヒステリー。。。。
できれば他の医者を代えたいのですが、この女医さんは、ヒステリーで人気がない分患者が少ないらしく、毎回並ばないで診てもらえるのが利点です。
ジャージで働く幼稚園の先生とかでさえ、お遊戯会などの時には、やたらミニスカートのセクシー系で決めてきたりします。
フォーマルって感じじゃないんだけどなぁ。
とにかく、壇に上がって演説する場合は、カチッとした服装にしようよ!って思います。
そんなこというと「服装じゃないわよ、中身よ~」という批判がきそうですが、「そういう場で、そういう服装してくるやつは、中身もそのマンマなんだよ!!」と言いたい。TPOですTPO。
他の政治家のおっさんが、少しイケメンだからってエルビスみたいなかっこしてきたら引くだろ~が!と言いたいわけです。
パーティーとか私生活では好きなだけ胸元を出してお好きにしてほしいけれど、国会とかで不二子ちゃんみたいなカッコ+素振りは「見てみて私を見て~!!」というのが見え見えです。
実際、それは多くのイタリア人も感じているらしく、イタリアの女性政治家の好き嫌いで見ると、フェロモンだしまくっている人たちは嫌いとされています。そうなんですよ、いくら政治家としての能力があったとしてもプレゼンは大事!フェロモンで話題性は取れるかと思いますが。
でも、この話題性ばかりを追う国民が多いからこういうことになっちゃうんだろうけれど・・・。
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September 15, 2011 at 3:24 am
· Filed under つぶやき, ショーガール
2年の交際を経て、今年6月に破局が発覚したエリザベッタ・カナリスとジョージ・クルーニー。
クルーニーさんは「もう結婚は懲りごり」といつも発言していたし、エリザベッタ嬢は結婚願望ありあり!という感じだったので無理だったんでしょうねぇ。
破局してもエリザベッタ嬢がクルーニさんに手料理を送り続けているとか・・・
さすがイタリア人。いくらスレンダー美人だからといっても、中身はイタリアンマンマ!
しかし、この行為は、相手によって都合がよいか迷惑(ひどいとストーカー扱い)に分かれるんですが、クルーニーさんはどっちなのでしょう?おせっかいと気遣いさんは紙一重。
でもー、この噂本当なのかなぁ??エリザベッタ嬢がイタリア人だから、わざとイタリアのステレオタイプをでっち上げているのでは~?
また、エリザベッタ嬢は「おてんばな自分は冷静で控え目な男性」に魅かれやすいと告白。
控えめな人・・・・それだったら、ショービズ界の人でははだめなのでは?
ショービズ界の人が「僕は控えめだから・・・」といってもなんか説得力無いなぁ・・・。裏方さんならまだしも、俳優さんとか歌手とか表舞台に出る人の「控えめだから」は、控えめであるという考え方が間違っていそう。控えめだったら、有名人にはなれないような気がするけれど。
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August 21, 2011 at 7:36 pm
· Filed under 女優
1921年5月3日イタリアイストリア半島のポーラ(現クロアチアのプーラ)生まれ。 2006年4月22日没。
15歳からローマにて演技を学び、1935年から映画に出演するようになる。
ヴェネツィア国際映画祭で賞を受けるなど高い評価を得るようになるが、戦時中はファシスト政権を嫌い出演オファーを断ったりしたため逮捕されそうになったこともある。
その後ハリウッド映画にも出演するが、強い訛りがあったために成功はしなかった。
イタリア国内では、生涯を通して100本以上の映画や舞台出演した。
代表作:
- アルフレッド・ヒッチコックの『パラダイン夫人の恋』
- キャロル・リードの『第三の男』
- ミケランジェロ・アントニオーニの『さすらい』
- ルキノ・ヴィスコンティの『夏の嵐 』
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